センターニュースびわ湖みらい第43号

研究最前線

気候変動は琵琶湖の水質や生態系にどのような影響をもたらすのか?

1 気候変動の影響を評価する視点

 気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の報告書(AR6 WG1)が示したシナリオ(SSP1-1.9)では、今後、温室効果ガスの排出を非常に少なくしても、世界平均気温は2040年までに1.5℃程度上昇するとされています。また、温暖化が進めば、大気や水の循環パターンが変化し、大雨や干ばつ、台風の増加といった気候変動が進むと考えられています。

 琵琶湖北湖では、2018年度末に観測史上初めて全層循環が未完了となり、さらに2019年度末も2年連続で未完了となりました。これは、暖冬のため表層付近の水温が底層より低くならなかったこと等が理由です。その後、2020年度は秋季から冬季にかけて、水深約90mの広い範囲で溶存酸素濃度(DO)が0.5 mg/L未満の無酸素状態となりました。この時、深湖底ではイサザやアナンデールヨコエビ等の底生生物の死骸が多数確認され、窒息死と考えられました。

 植物プランクトンに目を向けると、気候変動との関連は不明な点が多いものの、近年、大型緑藻のスタウラストルムやミクラステリアスの増加が目立つようになりました。これらの大型緑藻は、大きすぎて動物プランクトンに食べられにくいため、底層に沈む沈降有機物になりやすく、実際に底層に沈んでいく様子が観測されています。沈降有機物の増加は、細菌等が分解する際の酸素消費を増加させるため、底層DO低下の加速につながります。

 また、雨や雪の降り方が変化すれば、陸域から琵琶湖に流入する栄養塩(窒素、リン等)や有機物の状況も変化すると考えられます。

 当センターでは、表層での有機物生産と底層への沈降、有機物の分解と酸素消費、底層の貧酸素化と底生生物の分布に着眼し、気候変動が琵琶湖北湖の水質や生態系に及ぼす複合的な影響の評価を2023年度から進めてきました。(図1)本稿では、これまでに得られた成果の概要について紹介します。

図1 「気候変動の影響評価」研究の構成イメージ

 

2 表層での有機物生産と底層への沈降

 植物プランクトンが増殖しやすい水温を評価するため、異なる水温で培養した結果、大型緑藻のスタウラストルムとミクラステリアスは、それぞれ30℃、20℃で最もよく増殖しました。(図2)植物プランクトンの増殖は栄養塩濃度の影響も受けますが、気候変動により高水温の期間が長くなれば、これらの大型緑藻の増殖期間も長くなる可能性があります。

 また、琵琶湖北湖における現地調査の結果、大型緑藻が増加した2023〜2024年の5〜6月に、一時的な沈降有機物の増加が認められました。さらにこの時、沈降有機物中の窒素量と炭素量の比が低下していました(窒素の割合が低い)。これらの結果は、大型緑藻の増加は、底生生物にとって餌量の増加につながる一方、餌としての質は低下することを示します。

図2 大型緑藻2種、スタウラストルム(左)とミクラステリアス(右)の異なる水温での増殖特性

 

3 底層での有機物分解と酸素消費

 琵琶湖底層で過去に生じた貧酸素化について、気候変動がもたらした影響の評価に向けて、1979年以降の水質等の長期データを解析しました。深水層(40m以深)全体の酸素消費速度(AHODvm)と底泥酸素消費速度(SOD)の推定値は、2001〜2024年に上昇傾向で(図3)、5〜6月の表層の粒子状有機物(POC)濃度と有意な正の相関を示しました。近年のSODの上昇は、底泥を用いた実際の測定結果とも一致しました。また、5〜6月の表層のPOC濃度は、同時期の表層水温と有意な正の相関を示しました。近年、5〜6月は大型緑藻の増加がみられることから、この時期の水温や水質等が大型緑藻の増殖に有利な条件になっており、それが沈降有機物の増加だけでなく、SODの増加にもつながることが示唆されました。

 図3 水質等の長期データから推定した、成層期における深水層全体の酸素消費速度(AHODvm:●)、底泥酸素消費速度(SOD: )、水柱酸素消費速度(WCM:)、底泥を用いたSOD測定値(2014~2024年の5~10月平均値:

 

4 貧酸素拡大後の底生生物の生息状況

 琵琶湖北湖深湖底における底生生物の分布について、水中 有索ロボット(ROV)による撮影調査の結果、2020年度の貧 酸素拡大後、アナンデールヨコエビは著しく減少した後に回 復傾向、ビワオオウズムシは著しく減少した後に横ばい、ス ジエビとイサザは2019〜2020年は明確な減少は認められな かったものの、後に減少したこと等が分かりました。(図4)

 また、採泥による調査の結果、生息密度で優占するイトミミズ等を含む貧毛類は、1992〜2025年の間では、明確な増減は認められませんでした。一方、ユスリカ科幼虫は2000年代後半から、二枚貝のマメシジミ属は2010年頃から、それぞれ増加傾向がみられました。これらの理由は、まだ明確になっておらず、今後、検証したいと考えています。

図4 底生生物4種の5地点平均生息密度の年最大値(2012年4月~2024年3月)。赤線は過去9年分の平均値。

 

5  気候変動がもたらす影響のモデル解析

 「琵琶湖流域水物質循環モデル」を用いて、「もし 2018〜2019年度の気温が3℃(2090年代の予測の一種)高かったら、水質はどうなっていたか?」というシナリオ計算を行いました。気温上昇シナリオでは、2019年6月から2021年1月にかけて底層で無酸素状態となり、その後、全層循環によりDOが回復する結果となりました。(図5)また、水温上昇により、表層での有機物生産と分解、および栄養塩供給の増加や、水温躍層の強化による表層でのPOC増加が予測されました。今後、底層の貧酸素拡大等に対して、取りうる適応策を講じた場合の効果等についても評価する予定です。

 図5 今津沖中央(17B)地点における表層・底層DOの2018~2019年度の観測値(●)と「琵琶湖水物質循環モデル」による気温上昇シナリオの計算結果(-)

 

6 今後の課題と展望

 これまでに得られた研究成果は、気候変動が琵琶湖にもたらす影響について、その複雑な過程の一端に迫ったものに過ぎません。特に、魚介類まで含めた食物連鎖については、まだ十分に考慮できていませんでした。近年、琵琶湖ではアユの不漁が続いており、河川水温の上昇による産卵数の減少等が、その要因と考えられています。一方、アユの餌となる動物プランクトンや、その餌となる植物プランクトンについて考えると、気候変動により季節的な増減パターンが変化し、アユの成長過程で一時的な餌不足が生じ始めている可能性があります。今後、この点について水産試験場と連携して検証するとともに、これまでの研究についても深化、精緻化していきます。

  

総合解析部門 井上 栄壮