市民が望む持続可能な「適応社会」とその道筋の検討―滋賀県高島市を事例に― 

総合解析部門
持続可能社会・琵琶湖流域係
主任研究員 木村 道徳

1.持続可能な滋賀社会の実現に向けた長期的な目標

 琵琶湖環境科学研究センターでは、2006年から持続可能な滋賀社会の実現に向けた研究を開始しており、これら研究を基に2008年に滋賀県が「持続可能な滋賀社会ビジョン」を策定し、2009年に策定された「第三次環境総合計画」では、持続可能な滋賀社会ビジョンが目指す社会の方向性として掲げられたことを受けて、実現に向けた調査研究を開始しました。

 将来社会像は描いただけでは絵にかいた餅になってしまいますので、市民、行政、民間など様々な立場の人が将来社会像のイメージ共有し、それに向けて必要な行動や対策を行っていく必要があります。しかし、滋賀県は湖南地域、湖北地域、湖東地域、湖西地域でそれぞれ気候や自然環境、文化などが異なり、将来社会像に向かって市民が行動を開始するためには、まず地域の特性に合わせて実現に向けた取組や事業計画を作成することが必要となります。

 また、描いた将来社会像が持続可能で県民に受け入れられるためには、人間活動が生活基盤である自然環境の持続的な循環および再生産を阻害しないように環境容量内で納めるという条件の下、県民が望む豊かさを実感できる道筋を示し、合意形成に基づき行動を実施するための計画が必要となります。このようなことから、当センターでは、地球環境および琵琶湖流域における環境容量の制約条件下で、地域社会レベルの社会的合意形成を基にした計画を作成し、取組が進むための手法を開発するための研究を行っています(図1参照)。具体的には、2009年から東近江市と共同で「ひがしおうみ環境円卓会議」を開催し、2011年度に「2030年東近江市の将来像」を作成したのをはじめ、2013年からは高島市においても高島市及びたかしま市民協働交流センターと共同で高島市の将来社会像の作成を支援しています。また、2017年度から第2期高島市まちづくり推進会議にコーディネイターとして参加し、市民参加による高島市の将来社会像の作成とその実現に向けた事業計画の作成支援を行っています。

 

図1:持続可能な滋賀社会の実現に向けた長期的な研究目標

2.持続可能な滋賀社会に向けたこれまでの取組

 持続可能な滋賀社会に向けたこれまでの県の取り組みとしては、まず平成20年3月に持続可能な滋賀社会ビジョンを策定し、具体的な行動計画となる工程表を平成22年3月に作成しました。この工程表に基づき、実際の事業として政策を展開するために、5ヶ年計画として滋賀県低炭素社会づくり推進計画を平成24年3月に策定し、平成29年3月に改訂を行いました。これら計画に基づき実施されている事業を評価するために、県の取り組み実施状況として毎年温室効果ガス排出実態を報告しています。以上、まとめると図2のようなPDCAのサイクルに基づいて、継続的な進行管理を実施し、取り組みを進めています。

 

 

図2:持続可能な滋賀社会に向けたこれまでのPDCAサイクル

 では、現在の取り組み状況はどうなっているのか、毎年報告されている滋賀県温室効果ガス排出推移を図3に示します。

 

 

図3:1990-2016年滋賀県温室効果ガス排出推移

滋賀県における温室効果ガス排出実態について(外部リンク)

 

 図3のグラフを見てわかりますように、残念ながら現実的には温室効果ガスの削減はなかなか進んでいない状況にあります。このような状況を受けて、滋賀県知事は2020年1月6日に、2050年までに二酸化炭素の排出量を実質ゼロにすることを目指す「しがCO2ネットゼロムーブメント」キックオフ宣言を行い、県民及び事業者などの多様な主体とともに、取り組みを強化することとしています。また、この宣言においては、環境と経済、社会をつなぐ健全な循環が実現する社会の構築を目指す方向性として示されています。

 一方で、地球温暖化は全世界的に進行しており、すでに豪雨災害や猛暑による熱中症などのリスクが高まっているとされています。また、滋賀県においても少子高齢化人口減少が進む地域が表れつつあり、経済面での不安要素も抱えています。日本全体においても様々な面で課題が噴出しており、元東京大学総長の小宮山宏氏は、日本を課題先進国であると位置づけています。(小宮山宏:「課題先進国」日本―キャッチアップからフロントランナーへ,中央公論社(2007))

 県民が豊かさを感じる持続可能な滋賀社会の実現においては、これら課題を解決することが求められます。しかし、気候変動による影響や少子高齢化人口減少は、地域によって様々な形となるため、まず地域の特性に合わせて将来起こりうる事態へ適応できる持続可能な将来社会像を再構築することが必要となります。

3.持続可能な滋賀社会に向けてなぜ、市民参加が重要か

 各地域の特性を反映させた持続可能な将来社会像の再構築においては、市民参加がとても重要となります。このような取組は、まだ見ぬ将来社会に向けて進めるものであり、完全に将来社会を予測することはできないため、様々な不確実要素が入り込みます。このままの状況が続けば将来社会はどのようになるのか、正確に予測することができれば、そのリスクを見積もることができ、行政は適切な施策を検討することができますが、将来の社会は正確には予測できません。また、持続可能な将来社会に向けては、社会構造の変革を求められるものであり、滋賀社会を形作る様々な主体に何らかの影響を及ぼす可能性が高く、県民においても一時的であれ利益がある人と不利益を被る人に分かれる恐れがあります。

 気候変動影響や少子高齢化人口減少のリスクを知り、どのような行動を取りうるのか、その際の効果はどのようなことが考えられるのか、県民においても意思決定が求められ、県や市町など行政の策定する計画についてまずは社会的合意形成を図るため、判断に必要な情報を多様なルートから入手するとともに、合意形成の場に参加することが重要です。また、これらに適応する社会構築に向けた様々な計画や対策への参加可能性が確保されていること、進められている事業や施策について県民が検証可能なことが求められます。

 このようなことから、各地域で進められている持続可能な地域社会や気候変動に関する取り組みに県民が参加することはとても重要なことから、当センターではこれまでも東近江市や高島市と共同で、市民参加型のプログラムを実施する支援を行っています。

4.第2期高島市まちづくり推進会議の取組

 市民の行政による社会的合意形成を図りつつ、市民が望む将来社会像を描き、その実現に向けた取り組みや事業を検討するための試みとして、2017年度から2年間のプログラムとして実施した第2期高島市まちづくり推進会議を紹介します。

 第2期高島市まちづくり推進会議は、市民公募委員26名と市役所職員から成る本部員19名により構成されています。プログラムの全体概要を図4に示します。1年目は、全員参加のワークショップを通じて目指す方向性を共有するために、高島市の将来社会像を作成します。この将来社会像は、市の現状を何となくではなく、様々な統計データや将来予測データなどの客観的な情報に基づき把握した上で、地域特性や実現可能性に注意して描きました。2年目に将来社会像を実現させるために、求められる取り組みや事業を分野別のグループに分かれて個別に調査検討を行いました。

 

図4:高島市まちづくり推進会議の全体概要

 1年目の将来社会像を作成する全体会議は、表1のように全4回の構成で実施しました。

表1:1年目の高島市まちづくり推進会議の開催概要

  開催日時 内容
第1回 平成29年7月9日

・推進会議について

・哲学対話でアイスブレイク

第2回 平成29年8月26日

・高島市の現状を知ろう

・理想の高島市の将来像

第3回 平成29年12月2日

・行政の取り組みを知ろう

・自分たちのまちは自分たちでつくる

第4回 平成30年2月25日

・市内の市民活動について

・理想の高島市の将来像のストーリー

 

 第1回目は、第2期推進会議の概要説明と参加者間のアイスブレイクのための哲学対話を実施しており、直接的には将来像の作成に関する作業はしていません。第2回目から高島市の現状を知ろうというテーマで、研究者から高島市の様々な統計資料の説明を受け(写真1)、現状を知った上で、「Aどんな働き方をしたいか?」、「B仕事時間以外をどう過ごしたいか?」、「C高島市で残したいものは何?」、「D何にお金を使いたいか?」の4グループに分かれ、それぞれのテーマで将来の高島市に起こりそうな出来事や望む理想的な高島市の将来の姿を付箋に書き込み、模造紙上で整理しました。実際に作成されたAグループの模造紙を図5に示します。

写真1:高島市の現状を知ろう

 

図5:第2回全体会議A班「どんな働き方がしたいか?」模造紙例

 第3回目では、高島市役所の行政事業について説明を受け、高島市が現在どのような事業を推進しているのか把握し、第2回目で作成した望む将来社会との対応関係を整理しました。第4回目では、高島市内の市民活動についての情報提供を受け、第3回で整理した模造紙を用い、望む将来社会と関連する、行政事業、市民活動間の対応関係の整理を行いました。こうして、得ることができた模造紙の1例を図6に示します。

 

図6:第4回全体会議「どんな働き方がしたいか?」望む将来の姿と行政施策・市民活動の対応関係整理の模造紙例

 図6のように、第4回目で得られた模造紙には、市民が望む将来の高島市の姿と、そのために必要なこと、現在すでに取り組まれている行政施策や市民活動が対応付けられた表が出来上がります。この対応関係について検討することで、望む将来の姿やそのために必要なことについて、まだ市や市民活動として実施されていないことやまだまだ足りていないこと、異なる方向性が必要と考えられることなどを抽出することができます。このようなことから、第4回目で得られた模造紙をさらに研究者が整理し、重複関係にあるものをまとめコメント的なものを削除し整理した結果、261ストーリーラインが抽出されました。ストーリーラインは、例えば「観光地の整備会社が起業されて、観光地が整備されている。自然は、ただあるのではなく、自然環境を積極的に利用する。その結果、観光業の雇用が増える。」や「地域の人が集まれる場所があり、ママの集まり、同じ立場の人の集まり、世代を超えて高齢者と子どもが一緒に遊び道具を作る、など交流がある。」、「行政や地域社会の育児支援があり、まちには子供の声があふれ、集落の祭りなど地域行事で子供たちは楽しんでいる。」、「複数の仕事をもつことで、人とのつながりが広がり、地域との関連も多くなる。」など短文の形式となります。

 これら261のストーリーラインは、将来の高島市の社会状況について短文で説明したものになりますが、個々の状況を表現したものであり、これらを統合化することで初めて将来社会像となります。このようなことから、まず261のストーリーラインを形作るキーワードに再び分割し、短文の中で同時に出現したキーワード間に関係があるとして、ネットワークの形にまとめました。このようにしてまとめることで、図7に示すように261のストーリーラインを一つのネットワークとして可視化することができます。

 

図7:市民が望む将来の姿を表すキーワードのネットワーク

 次に、統合したネットワークグラフから、将来社会像を示す方向性を5つに分け、この方向性を構成する分野とそのために必要な要素を分野ごとにまとめると、以下のようになりました。

1.        地域資源を活かす・守る・再生する

2.        多様な働き方ができる

3.        地域で支え合う

4.        地域で育ち・学び・働く

5.        高島の伝統文化を継承する

 

 これら方向性について、図7の全体構成を手掛かりに図6の模造紙とストーリーラインを総合的に判断し、上記の5つの方向性について、今後必要と考えらえる取り組みや事柄を関連付け、ツリー図の形式で整理しました(図8から図12)。

 市民が望む将来の姿と必要な取組・要素「地域で支えあうコミュニティづくり」

図8:市民が望む将来の姿と必要な取組・要素「地域で支えあうコミュニティづくり」

 市民が望む将来の姿と必要な取組・要素「多様な働き方ができる」

図9:市民が望む将来の姿と必要な取組・要素「多様な働き方ができる」

 市民が望む将来の姿と必要な取組・要素「活かす自然・守る自然」

図10:市民が望む将来の姿と必要な取組・要素「活かす自然・守る自然」

 市民が望む将来の姿と必要な取組・要素「地域で育ち・学ぶ」

図11:市民が望む将来の姿と必要な取組・要素「地域で育ち・学ぶ」

 市民が望む将来の姿と必要な取組・要素「高島の文化」

図12:市民が望む将来の姿と必要な取組・要素「高島の文化」

 

 推進会議を通じて描かれた市民が望む高島市の全体的な将来の方向性としては、地域が本来持っている地域資源(自然、人、伝統文化、つながり)を最大限活かして、豊かさを実感できる社会を目指すということが示されています。

 まず、地域で支えあうコミュニティでは、市民同士がつながり互いに支援したり、地域環境の維持活動に積極的に参加したりするなど、高いソーシャルキャピタルを形成することが目指されています。このような将来像を達成するために、「育児・出産」、「健康・余暇」、「生活」、「移動」、「防災」の分野の将来社会像が具体的に示されています。例えば「育児・出産」においては、支援として地域社会で子育てや見守りをしたり、様々な市の子育て支援制度や市民活動を積極的に活用してもらえるように、全住民に周知したりするなどの取り組みが必要であるとされています。

 「多様な働き方ができる」では、様々な仕事を掛け持ちすることができたりボランティア活動に積極的に参加できる働き方ができたりするなど、ライフスタイルの多様化に合わせて、様々な働き方が選択できる社会像が望まれています。このような将来像を達成するために、「多世代の活躍」、「NPO・ボランティア」、「兼業・副業」、「シェア・協働」、「インフラ」、「地場産業・観光」、「起業」、「企業誘致・産業創出」の分野の将来像が具体的に示されています。例えば、「多世代の活躍」では、大学卒業後の20代から30代の若者の人口流出が著しい状況に対して、学校を卒業してからの就職において若者に魅力的な働く場所が必要であるとされています。

 「活かす自然・守る自然」では、高島市が有する山や河川、琵琶湖、農地などを積極的に活用可能なものは活用し、保護するべきものはしっかりと保護されているという社会像が望まれています。このような将来像を達成するために、「農地」、「山林」、「川・湖」、「空気」の分野の将来社会像が具体的に示されています。例えば、「山林」においては、豊かな森林資源を持つ高島市においては林業が重要であり、林業活性化のためにスギやヒノキの間伐材を木質バイオマスエネルギーとして活用したり、カヌーなどの高付加価値の製品を開発したりするなどの取り組みが必要であるとされています。

 「地域で育ち・学ぶ」では、高島市の文化や歴史などの高島市の魅力が子ども達に伝わる教育や、地域の人々が自由にまた安全に遊べるための環境が整備された社会が示されています。このような将来像を達成するために、「教育内容」、「子供の意見をくむ」、「教師・人材」、「若者」、「インフラ」の分野で具体的な将来像が示されています。例えば、「教育内容」では、高島市の豊かな自然の中で子ども達が楽しく自然体験を通して学べる環境づくりとして、子どものための登山道整備や休耕田などを活用した遊び場の整備などが必要であるとされています。

 最後に「高島の文化」では、歴史文化の深い地域であり、特に伝統的に引き継がれてきた職や祭り、技術などを再び積極的に暮らしの中に取り入れていく社会像が示されています。このような将来像を達成するために、「食」、「祭り・踊り」、「住環境」、「つながり」の分野で具体的な将来像が示されています。

 このように、市民が望む将来社会像について、望む将来の姿を構成する方向性と要素、その実現に向けて必要な取組や要素をツリー図の形式でまとめましたが、このツリー図の形式だけでは議論をしてきた参加者間においてもわかりづらく、他の市民が見てもなかなか将来の高島市の姿を想像できず、受け入れることは難しいと考えられます。そこで、これらストーリーラインを市民が共有しやすくするために、図13のようなイラストにまとめました。

 

図13:市民が望む高島市の将来社会像イラスト

5.持続可能な適応社会に向けて

 今回の第2期推進会議で議論し描かれた将来社会像は、高島市を構成する全体のほんの一部でしかなく、社会全体を考慮し表現できているわけではありません。また、検討された取組や事業計画はさらにその中のほんの一部でしかなく、図13のような将来社会を実現するためには、より多くの関係主体を巻き込みながらさらに多くの取り組みや事業が求められます。

 また、今回作成した将来社会像は、推進会議に参加した人々の手により作成されたものであり、高島市民全体の総意を反映できているわけではありませんし、まだ高島市民に受け入れられている状況であるとも残念ながら言えません。今後は、作成した将来社会像について、より広く高島市民一般とともに対話を通じて周知し、市民に受け入れられるように努力することが求められます。さらに、今回検討して必要であると位置づけた取り組みや要素については、具体的に実行されたわけでもありません。第2期推進会議で作成した将来社会像は、市民をはじめ今後様々な関係主体とともに、具体的な取組や事業へ落とし込み、実践へとつなぐことが今後求められます。

 今回の取り組みは、市民と行政、研究者が共同して、市民が望む将来社会像とその道筋に向かっての第一歩であり、今後も継続して様々な取組を続けることが重要です。現在の高島市を取り巻く、少子高齢化や地球温暖化の進行による気候変動影響などを背景に、市民の役割はより重要になると考えられます。推進会議の取組は、いろいろな課題をまだ抱えていますが、新しいまちづくりのあり方を起ち上げるきっかけになればと念願します。

 最後に、紙幅の都合でここでは描いた将来社会像の詳細を紹介することができませんでしたが、高島市のホームページで第2期高島市まちづくり推進会議報告書が公開されており、興味を持たれた方はぜひご覧いただければと思います。

 

図14:第2期高島市まちづくり推進会議報告書表紙

第2期高島市まちづくり推進会議報告書(外部リンク)