気候変動の影響評価 ~熱中症による救急搬送者数を事例として~ 

総合解析部門
持続可能社会・琵琶湖流域係
主任研究員 河瀬 玲奈

1.滋賀県における気候変動への対応 

 滋賀県では、全国で2番目に「滋賀県気候変動適応センター」を設置し、気候変動への適応を推進しています。滋賀県琵琶湖環境科学研究センターも、滋賀県気候変動適応センターのメンバーとして参画し、県民、事業者や行政と協働しながら適応策を考慮した持続可能なシナリオの検討を行っています。

 

 ・滋賀県の気候変動適応策の推進(滋賀県HP)

 ・滋賀県気候変動適応センターについて(外部サイト)

 

2.気候変動への対応

 気候変動による悪影響を小さくする対応には、「気候変動の原因となる温室効果ガスの排出を削減する緩和策」(いわゆる入口対策)と「既に生じている、あるいは、将来予測される気候変動による影響による被害を回避・軽減する適応策」(いわゆる出口対策)があります。

 緩和策と適応策の関係

図1:緩和策と適応策の関係 (出典:環境省資料)

 現在、様々な緩和策が行われていますし、すでに適応策についても実施および検討されています。では、「緩和策を頑張るなら、適応策は行う必要がない」もしくは「適応策さえ頑張っていれば、緩和策は頑張らなくてもよい」のでしょうか? 気候変動に関する科学的知見をまとめたIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の第五次評価報告書では、今後の緩和策の努力の大きさにより、特に21世紀後半において地球温暖化の度合いに大きな幅が生じることが報告されています。また、1.5度特別報告書では、地球温暖化が現在の進行速度で増加し続けると、2030~2052年の間に1850~1900年を基準として気温上昇が1.5℃に達する可能性が高く、さらに、2040~2055年にCO2排出量を正味ゼロにするような緩和策をとったとしても、その可能性があることが示されています。

 つまり、気候変動の影響を低減するためには、緩和策と適応策のどちらか一方ではなく、その両方を行っていく必要があるのです。

 21世紀半ばに向けて大幅なCO2排出削減を行った条件下での地球温暖化の予測

図2:21世紀半ばに向けて大幅なCO2排出削減を行った条件下での地球温暖化の予測

(出典:IPCC, SR1.5 [和訳:環境省資料] )

 

 

3.滋賀県の熱中症の状況

 気候変動の影響を受ける分野は、主に7つ(農林水産業、水環境・水資源、自然生態系、自然災害、健康、産業・経済活動、国民生活)に分類されますが、ここでは、県民の皆さんの日常生活と関係の深い「健康分野」について詳細にみてみます。

 熱中症は、症状が重い場合、死に至ります。滋賀県の自然の力の曝露を原因とする死亡者数のうち、熱中症は、年による変動はありますが平均すると約半分を占めます。熱中症に大きな影響を与える気象の要素は気温です。台風や暴風雨などと同様に、「暑さ」もまた、命に危険を与える要素となり得るのです。
滋賀県の自然の力の曝露を起因とする死亡者数(出典:厚生労働省「人口動態統計」)

図3: 滋賀県の自然の力の曝露を起因とする死亡者数(出典:厚生労働省「人口動態統計」)

 熱中症は、死には至らなくても、人の健康に大きな影響を与えます。滋賀県では2011年以降、毎年約600人程度が熱中症により救急搬送されています。特に、災害級の暑さと表現された2018年には、例年の約2倍の数となりました。年齢区分別に見ると65歳以上の占める割合が約5割と高くなっており、高齢者は、熱中症の影響を受けやすいと言えます。全国の熱中症による救急搬送者数と熱中症患者数の比率から推測する(環境省, 2018)と、熱中症による救急搬送者数の7~10倍程度の熱中症患者が発生していると考えられます。
救急搬送者数の年齢区分別推移

図4: 救急搬送者数の年齢区分別推移 (出典:滋賀県防災危機管理局)

 年齢区分別の影響について、もう少し詳しく見てみましょう。図5より、同じ気温に対しても、年齢区分によって、熱中症による救急搬送者数(以下、搬送者数)に大きな差があることが確認できます。75歳以上では、日最高気温が28℃を超えるあたりから多くなり、65~74歳と比較して2倍、18~64歳と比較すると4倍となっています。今後の高齢化に伴い、気温上昇に対して感受性の高い高齢者が増加するため、救急搬送者数の増加が懸念されます。

年齢区分による日最高気温に対する救急搬送者数の差

図5: 年齢区分による日最高気温に対する救急搬送者数の差

(出典:防災危機管理局、滋賀県統計書[2011~2018])

 図5では、同じ気温でも、搬送者数に違いが生じています。そこで、今度は、月による差を見てみましょう。6月~9月について、日最高気温と搬送者数の関係を図6に示しました。6月や9月は、7月や8月と比べて、日最高気温が低いので、搬送者数も少ないことに納得できるでしょう。日最高気温が30℃を超えると搬送者数の増加が急激に増加することが確認できますが、日最高気温が高くなる日が多い7月と8月では、特に30~35℃の間で7月の方が搬送者数が多くなっていることが分かります。つまり、同じ気温であっても、時期により搬送者数は異なるのです。この理由としては、暑さに対する慣れや熱中症による対策への浸透が考えられます。

 7月は梅雨明けの時期であり、梅雨明け後にむけて大きく気温が上昇します。これに伴い、搬送者数も梅雨明けの後に増加する傾向があります。特徴がつかみやすい2018年の7月と8月について、日最高気温と搬送者数を示しました(図7)。梅雨明けの後に、搬送者数のピークが発生していることが確認できます。また、8月にも日最高気温が35℃を超える日がありますが、搬送者数は7月と比較して、とても小さくなっています。さらに8月後半のお盆以降は、同じ日最高気温であっても、それ以前と比較して搬送者数が小さい傾向があります。

月ごとの日最高気温と救急搬送者数の関係

図6:月ごとの日最高気温と救急搬送者数の関係 

2018年の日最高気温と搬送者数

図7:2018年の日最高気温と搬送者数

 

4.熱中症による救急搬送者数の将来推計

 熱中症に対する適応策を検討するためには、まず、その影響評価が必要になります。滋賀県では今後、人口減少が進むとともに、高齢化することが予測されています。人口が減少すれば、搬送者数は減少する要因となりますが、高齢化の進行は増加要因となります。また、気温は変動しながらも上昇する(上昇の度合いは、これからの緩和策=県民の努力次第!!!)ことが予測されており、これは、搬送者数の増加に寄与します。

 さらに、滋賀県の北部と南部で気候が異なりますし、人口の年齢構成も異なります。したがって、今後の気温の変化や熱中症への影響は、地域によっても差が生じることが想定されます。適応策を検討するためには、地域ごとの特徴を反映した影響評価が求められます。

 人口、年齢構成、気温といった要素の影響を合計すると搬送者数はどうなるでしょうか? 2030~2050年を対象に、搬送者数の将来推計を行いました。

 

 <方法>

  ・滋賀県を消防局の地域分類に基づき7つの地域に分割。

  ・6~9月を梅雨明けやお盆を基準に気象条件も加味して3つの区間に分割して、それぞれの区間ごとに推計式を作成。

  ・日最高気温と人口を用いて、2030~2050年の6~9月の毎日の搬送者数を推計。

  ・将来気候は、地球温暖化がどの程度になるかの想定パターンのうち、高位参照シナリオ(RCP8.5)と低位安定化シナリオ(RCP2.6)を評価対象とする。

  ・将来の気象情報は、気候変動適応技術社会実装プログラム(SI-CAT)にて作成された、5つの全球気候モデルの推計値を統計的手法にて1㎞メッシュにダウンスケーリングされたものを利用。

表1:地域区分

地域

構成市町(行政区域)

大津

大津市

湖南

草津市,守山市,栗東市,野洲市

甲賀

甲賀市,湖南市

東近江

東近江市,近江八幡市,日野町,竜王町,愛荘町

彦根

彦根市,豊郷町,甲良町,多賀町

湖北

長浜市,米原市

高島

高島市


 2011~2019年の期間において冷夏や猛暑があったように、将来も気温の変化は年ごとに大きな差があり、2030~2050年の搬送者数の各年の推計値は図8のように大きなばらつきがあります。 
 

搬送者数の将来推計値

図8:搬送者数の将来推計値 

 そこで、将来予測については、ある一定期間の平均などでその傾向を把握することが推奨されています。結果については、2030年代(2030~2039年)、2040年代(2040~2050年)の二つの年代について、2011~2017年の平均を基準として何倍になるか、という比で示すことにします。

 搬送者数の変化を、搬送者数に影響を与える3つの要素の変化に分解して、下記の式に示す通り各要素の基準からの変化の比の積で示します。なお、人口と年齢構成以外に搬送者数に影響を与える要素は様々ありますが、それらをすべて代表的な要素である「気温」の項目に含めることとします。

 搬送者数 = 人口 × 年齢構成 × 気温

 推計の結果、滋賀県の搬送者数は基準と比較して、2030年代にはRCP2.6シナリオでは1.0倍、RCP8.5シナリオでは1.1倍と推計されました。2040年代ではRCP2.6シナリオで1.1倍、RCP8.5シナリオで1.3倍となりました。県全体での数字をみると、緩やかな増加傾向と言えるでしょう。

 その変化を要素ごとの寄与に分解したものが表2となります。例えば、2040年代のRCP8.5シナリオでは、人口減少により0.9倍となりますが、高齢化は搬送者数を1.2倍にします。さらに気温が高くなる日が増加するため、1.2倍の寄与となり、合計では搬送者数は1.3倍となります。  

表2:滋賀県の搬送者数変化  

年代 将来気候シナリオ 人口 年齢構成 気温 合計
2030年代 RCP2.6 1.0 1.1 0.9 1.0
RCP8.5 1.0 1.1
2040年代 RCP2.6 0.9 1.2 1.0 1.1
RCP8.5 1.2 1.3

 では、地域ごとに詳細に結果をみるとどうでしょうか。

          地域ごとの搬送者数の将来推計

  地域ごとの搬送者数の将来推計

図9:地域ごとの搬送者数の将来推計

 まず、2030年代についてみると、人口は湖南地域以外は寒色系の色となっており、現状と同程度以下となります。一方で、年齢構成については、いずれの地域も薄い橙色であり、高齢化により搬送者数を1.1~1.2倍増加させます。その他の要素である気温効果などでは、地域により差があり、県の北部では日最高気温の高い日はあまり増加せず、基準と比較すると合計での影響は0.7~1.05倍と現状程度以下となりますが、湖南地域や甲賀地域では1.1~1.6倍以上の増加となっています。

 2040年代については、さらに地域ごとの差が顕著になります。人口はさらに湖南地域以外では減少し、高島地域では0.6~0.7倍となります。一方で、高齢化がさらに進行し、高島、大津、甲賀の3つの地域では1.2~1.6倍の寄与となります。湖南地域では、人口、年齢構成、気温効果がすべて増加に寄与して合計の影響では、RCP2.6シナリオでは1.6~2.0倍、RCP8.5シナリオでは2.0~3.0倍になりました。

 このように気候変動による影響は、県全体でみると現状との差が比較的小さくても、地域ごとにみると、ばらつきが大きくなることがあります。そのため、適応策の検討においては、地域の特性を加味した地域ごとの影響評価を行い、それに基づき、適応策を検討していく必要があります。

 加えて、将来の地域ごとの気温の推計結果は、計算における様々な初期条件や、地球規模での推計結果を地域レベルにダウンスケーリングする手法によっても異なります。気温や影響の将来推計には「幅」があることを念頭におきながら、対策をとるようにしましょう。

 

5.気候変動への適応

 熱中症に対する対策には、個人で行えることもいくつかあります。日々の生活の中で改善できることはないか情報サイトなどで調べてみましょう。

<熱中症への適応策の例>

 ・エアコンや冷却グッズなどの適切な利用

 ・特に屋外での活動を行う場合の適度な休憩とこまめな水分補給

 ・暑さを調整できる衣服

 ・日々の熱中症の危険性を示した情報は、環境省や日本気象協会のHPで提供されているほか、天気予報とともに熱中症関連情報を示しているサイトもあります。こまめにチェックするようにしましょう。

<熱中症情報のサイトの例>

 環境省-熱中症予防情報サイト

 日本気象協会-熱中症情報

 事業所などでは、WBGT測定機器などを用いて、職場環境に気をつけましょう。

 気候変動に対する他の分野の影響や適応策について、さらに知りたい人は以下のサイトをご参照ください。

 県の気候変動に関する動画やパンフレット資料(滋賀県HP)

 国の気候変動の適応に関する情報(気候変動適応情報プラットフォーム)(外部サイト)