センターニュースびわ湖みらい第39号

研究最前線

貧酸素化が琵琶湖の生態系に与える影響:底生動物が、このまま減ってしまったら?

1 貧酸素化と、その影響を受ける底生動物

 近年、国内外の多くの湖沼では、深層の水に溶ける酸素の濃度(溶存酸素濃度)が2mg/L以下になる貧酸素化が頻発しています。国内では、池田湖(鹿児島県)、野尻湖(長野県)、琵琶湖(滋賀県)等が、この問題に直面しています。この深層の貧酸素化は、暖冬等の影響で、表層と深層の水の混合(全層循環)が起きないと、深層の水へ酸素が十分に供給されず、生じやすくなります。また、水温上昇や表層からの有機物供給の増加等により、深層での有機物分解で消費される酸素の量が増すと貧酸素化が生じやすくなります。
 馴染みが薄いと思いますが、貧酸素化の問題に直面している深層にも、様々な生物が生息しています。その多くは、底生動物と呼ばれるもので、エビ等の甲殻類、ミミズ等の貧毛類、ビワオオウズムシ等のウズムシ類等がそれに含まれます。例えば、琵琶湖の80m以深の深湖底には、アナンデールヨコエビ、スジエビ、ミズムシ、ビワオオウズムシ、イトミミズといった底生動物が生息しています(写真1)。これらのうち、アナンデールヨコエビと、ビワオオウズムシは、琵琶湖にしか生息していない固有種です。琵琶湖の深湖底には、このような貴重な底生動物が生息しているのです。



写真1 琵琶湖の深湖底に生息する底生動物. ※スジエビは、春~夏の産卵期には、沿岸帯に生息。

 底生動物も陸上動物と同様に、生存のためには酸素が必要です。生息域である深湖底が貧酸素になり、溶存酸素濃度が生存の閾値以下になると、これらの生物は死亡します。一般的に、溶存酸素濃度が2mg/L以下になると、魚類は死亡し、甲殻類(エビ等)は成長に悪影響が生じる、あるいは死亡するケースもあります。溶存酸素濃度が2mg/L以下になった琵琶湖の深湖底では、多くのアナンデールヨコエビや、ビワオオウズムシ等の死亡が確認されました(写真2)。2018年度と2019年度に、琵琶湖では、気候変動等の影響により、全層循環が観測されませんでした。冬季の全層循環は、琵琶湖にとって深層の水に酸素を供給する重要なイベントであり、このイベントがないと深層の貧酸素化が生じやすくなります。実際、冬季の全層循環が観測されなかった翌年の2020年度の琵琶湖では、広範囲に渡って貧酸素化が確認されました。その貧酸素化の影響により、琵琶湖の深湖底では、底生動物の現存量が経年的に減少しつつあることが当センターのモニタリングから分かりました。琵琶湖の深湖底にあって触れることが少ない底生動物にも、気候変動による危機が迫っています。


写真2 貧酸素化した深湖底で確認されたヨコエビの死骸

 近年、琵琶湖の深湖底に生息するアナンデールヨコエビ等の底生動物は、減少傾向にあります。では、これらの生物がこのまま減っても、琵琶湖の生態系には問題は生じないのでしょうか。実は、底生動物が減ると、琵琶湖生態系にどんなリスクが生じるのかは分かっていません。その理由は、底生動物の機能(消費や排泄等によって周辺環境や他生物に関与する働き)が十分に分かっていないからです。特に、水産資源ではないアナンデールヨコエビ等の機能は不明です。そこで、我々は、国立環境研究所と連携し、琵琶湖の深湖底に生息する底生動物の機能を明らかにするとともに、底生動物が減少した時、どんなリスクが生態系に生じるのかを評価する研究プロジェクトを立ち上げました(研究期間:2023-2025年)。研究プロジェクトは、環境省・(独)環境再生保全機構の環境研究総合推進費により実施しています。
 プロジェクトを始めるにあたり、底生動物の機能と、底生動物の減少でその機能が低下した時、生じるリスクの仮説を立てました(図1)。仮説㋐は、底生動物の栄養塩循環への貢献について、「底生動物が減ると、彼らによる堆積物撹乱や有機物の消費・排泄で生じる栄養塩のリサイクル量が減り、その結果として、栄養塩で増える藻類の生産量が低下する」というものです。次に仮説㋑は、底生動物による細菌生産・有機物分解速度の促進について、「底生動物が減ると、彼らによる湖底堆積物の撹乱が減り、その結果として細菌の有機物分解速度の低下や、湖底への堆積物の蓄積が進む」というものです。仮説㋐の検証研究は、当センターが、仮説㋑の検証研究は、国立環境研究所がそれぞれ実施しています。最終的には、両研究機関で得た知見を基にモデル解析を行い、底生動物の減少が琵琶湖生態系にもたらすリスクを推定します。

図1 研究プロジェクトの2つの仮説

 今年度、当センターは、消費・排泄による底生動物の栄養塩循環への貢献を調べました。具体的には、湖底浮泥中(堆積物表面の泥)に含まれる250μm以上の有機物(浮泥エサとする,プランクトン等の死骸)のみを入れた処理系と、同じ有機物と底生動物を入れた処理系を用意して、底生動物が浮泥エサを食べ、尿等を排泄した時に、放出される栄養塩と比較して栄養塩の再生速度がどの程度増すのかを評価しました。アナンデールヨコエビ5個体を用いた実験の結果、h浮泥エサのみの処理系に比べて、浮泥エサ+ヨコエビの処理系の方が、溶存態全窒素は4倍以上、溶存態全リンは5倍以上放出される量が増えました(図2)。この結果から、アナンデールヨコエビは、栄養塩循環に貢献しており、深湖底の貧酸素化でこの生物が減少すると、栄養塩循環が失速する可能性が示されました。今後も、他の底生動物の働きを解明し、底生動物が減った場合に琵琶湖生態系に生じるリスクを明示します。また、その知見を基に、底生動物の保全の重要性を広く普及していきます。

 図2 湖底浮泥中有機物(浮泥エサ)からの溶存態栄養塩(0.2μm未満)の放出に対するアナンデールヨコエビ5個体の影響.
各処理系数3あるいは4の平均値±SD. 浮泥エサ+ヨコエビの処理系は、ヨコエビのみの放出量を差し引いた値。

 

総合解析部門 永田 貴丸