センターニュースびわ湖みらい第37号

研究最前線

ナイルの源流エチオピア・タナ湖で過剰繁茂したホテイアオイの管理手法を考える。

 私たちは2021年度より科学技術振興機構(JST)および国際協力機構(JICA)出資による地球規模課題対応国際科学技術プログラム(SATREPS:JPMJSA2005 代表:創価大学 佐藤伸二郎)の一環として、エチオピア・タナ湖の湖沼管理システムの構築研究を実施しています。同プロジェクトでは、刈り取ったホテイアオイを有効活用できるよう栄養塩・エネルギー回収技術の開発、回収栄養塩を用いた微細藻類の培養技術と栄養補助食品の開発によりエチオピアの子供たちの栄養改善とバリューチェーン構築に取り組んでいます。

1 湖面を覆い尽くすホテイアオイの脅威

 ホテイアオイは、南アメリカ原産の浮遊植物であり、走出枝(ランナー)を伸ばし無性生殖で次々と繁殖します。気がつくと湖面を覆い尽くすほどになっているため、侵略的外来種として、世界各地で水中の酸素濃度の低下、迷惑害虫の繁殖の場、腐敗で泥化の進行、船の航行障害など、様々な問題を起こしています。また、湖辺のような湿地の泥土上でも生育します。日本では1884年にアメリカ合衆国からお土産品として最初にもたらされた後、各地で繁殖したと言われています。 琵琶湖周辺でも赤野井湾、伊庭内湖等でしばしば増殖しています。冬の寒さで衰退するため、今のところ、熱帯の湖沼で問題になっているほどではありませんが、将来、温暖化が進むと、数年のうちに手がつけられなくなる恐れがあります。

2 衛星データによるホテイアオイ繁茂面積推定と時系列解析から見えてきたタナ湖の状況

 エチオピア高原に位置するタナ湖は、当該国最大の淡水湖です。表面積は約3,000平方キロメートルで琵琶湖の約4.4倍の広さがありますが、深さは最深部でも16メートルと浅いです。気候は雨季と乾季がありますが、1年間の気温差は大きくありません。このため、タナ湖の平均水温は約22℃と安定しており、ホテイアオイにとって生息しやすい環境になっています。近年、タナ湖周辺では人口の増加が著しく、農業開発が進んできました。現地の人たちは森林を大量に伐採し、テフ(イネ科の植物でエチオピアの主な作物)などを栽培するための耕地や家畜を飼うための放牧地に開拓しました。これにより、タナ湖の富栄養化が加速し、2011年頃に侵入したホテイアオイは、2020年末頃に最低25平方キロメートルまで拡大してしまいました(図1)。現地では、地元政府も多額の費用と人材を投じて外来生物であるホテイアオイの根絶に向けて刈り取りを行っていますが、一向にホテイアオイが減少する様子はなく、手に負えない状況になっています。

 図1 タナ湖のホテイアオイ巨大群落
図1 タナ湖のホテイアオイ巨大群落  写真提供:創価大学
(見渡す限りホテイアオイが繁茂して、湖水は数キロ先まで全く見えない状況になってしまった)

 そこで私たちは、まず、ホテイアオイの繁茂状況を全体的に把握するために、人工衛星による観測データを用いて面積を推定しました。面積は、正規化植生指数(NDVI)注1を用いることで計算することができます。図2の赤色の箇所が解析結果で、ホテイアオイはタナ湖の北東沿岸に巨大な群落を形成していることがわかりました。次に繁茂面積の増加傾向ですが、図3の時系列データの分析によると、面積から季節変動パターンを除いた観測値が、生物の一般的な増殖過程を表すロジスティック曲線にうまく当てはまり、ホテイアオイの群落はほぼ環境収容力の限界に近づいていることがわかりました。それは、現時点が、ホテイアオイ群落はこれ以上大きくなりにくい、一方、群落を縮小させようとするならば、無作為な刈り取りでは費用対効果がますます悪くなることを意味します。

注1)NDVIは物体に当たる光の反射特性を数値化したもの。植物の有無等が判定できる。

図2-1 タナ湖のホテイアオイ分布解析図2-2 タナ湖のホテイアオイ分布解析

図2 タナ湖のホテイアオイ分布解析
上段タナ湖の標高地形図、下段Sentinel2の衛星画像(左)、およびNDVIによるホテイアオイ群落の検出後(右)

図3 ホテイアオイ群落面積の時系列解析

図3 ホテイアオイ群落面積の時系列解析

 また、地形と水位のデータ解析により、わずか数十センチの水位上昇であっても、湖に隣接する広大な湿地へホテイアオイが一気に流出拡大することがわかりました。湿地は乾季に草原となり、家畜の主要な餌場となるため、農民の生活を守るためにもホテイアオイの拡大は避けたいところです。
 現地政府に、このことを説明したところ、計画的に刈り取りを実施し、湖の生態系を管理する必要性が理解されました。

3 ICT技術を活用したタナ湖の生態系保全・ ホテイアオイ管理システムの構築

 近年の情報通信技術(ICT)の発展とともに、遠く離れたところから、湖の環境情報を得て、生態系を管理するシステムが注目されています。そのため、本プロジェクトでも、この広大なタナ湖のホテイアオイを計画的に減少させるため、最新のICT技術を駆使した生態系保全・ホテイアオイ管理システムを構築することにしました(図4)。衛星観測データを使ったホテイアオイのバイオマス推定、ドローンを使ったAIでの画像識別、自動観測ブイから衛星経由で取得する水質データを統合した学習型ホテイアオイ生長モデル、WEB上でのホテイアオイ分布情報を発信し、順応的に計画が立てられ、刈り取りを行うことで、健全な生態系を取りもどすシステムです。現地パートナーの地元政府機関タナ湖周辺水域保護開発機構、バハルダール大学の研究者とは、コロナやティグレ紛争の影響で、渡航の計画が大幅に変更になってしまいましたが、オンライン会議や短期の相互訪問を重ねながら、湖国同士の友好関係を築くとともに、琵琶湖で大量繁茂した水草管理の経験や滋賀県の様々な取り組みを伝えています。

図4 タナ湖生態系保全・ホテイアオイ管理システム
図4 タナ湖生態系保全・ホテイアオイ管理システム

 琵琶湖では、淡水赤潮の発生をきっかけに、環境保全の大切さに気がつき、40年以上(生態系保全を含む)保全活動が行われています。現在、タナ湖では、水質モニタリングも行われておりませんが、このホテイアオイの過剰繁茂をきっかけに、今後、湖沼環境保全のための活動や生態系の管理について理解が深まることを期待しています。

 

   

総合解析部門 石川 可奈子
       蔡 吉(PD)