センターニュースびわ湖みらい第36号

びわ湖視点論点

森を巡る水を科学する

 森林は滋賀県の陸地の約60%を占めており、琵琶湖へ流れ込む河川の水源地となっています。降水として森林域にもたらされた水は、一部は蒸発・蒸散によって大気へ返され、残りの水が下流域へと流出します。このような水の循環を調べる学問を水文学(すいもんがく)と言います。あまり聞きなれない学問名だと思いますが、水文学の視点で森林を眺めてみると、森林の様々な働きとそれらのつながりが見えてきます。
 まずイメージしやすいものとして、雨が林床に到達し、ふかふかの森林土壌に保持されることによって、大雨時には大きな出水を抑え、逆に無降雨時には下流域に水をゆっくり供給する働きがあります。また樹木は二酸化炭素と水を使って光合成を行うことから、森林内の水利用は二酸化炭素吸収にも密接に関わっています。他にも、水が下流域へ流出する際には、土砂や窒素・リンなどの栄養塩を運ぶ働きもします。
 このように、森林の様々な働きや炭素・窒素などの物質動態には「水」が関わっており、水を介したそれらのつながりがあります。水文学は、単に水循環を調べるにとどまらず、森林と環境の関わりを知り、森林の様々な働きを読み解く上で重要です。
 滋賀県の森林では、京都大学が中心となり、当センターも参画して、水文学の視点で森林の働きを調べる野外観測を行っています。滋賀県で行われた代表的な研究の一つに、砂防工事(植林)の効果を調べたものがあります。滋賀県では明治期まで田上山地などではげ山が広がっており、水・土砂の流出が激しかった歴史があります。そのため、砂防工事として植林が行われました。はげ山の流域と森林の成長段階の異なる複数流域に量水堰(写真1)を設置し、植林の効果が詳細に調べられています。その結果、森林の成長に従って徐々に水と土砂の流出が抑えられ、水を下流域へゆっくりと供給する働きが明らかとなっています。

 

写真1 水堰(大篠原流域)
写真1 水堰(大篠原流域)
プール部分の水位を計測し、流出水量へと換算する。

 他にも、森林が二酸化炭素を吸収する働きを調べる研究が行われています。これには、森林の上空まで階段やはしごでアクセス可能な観測タワーに分析装置を設置し計測する方法が用いられています(写真2)。森林の二酸化炭素吸収速度を計測・推定する方法は複数存在しますが、現在までのところ、この観測タワーを利用した方法が最も確実な計測手法とされています。

 

写真2 超音波風速温度計(左)とCO2/H2O分析計(右)(京都大学・桐生水文試験地)
写真2 超音波風速温度計(左)とCO2/H2O分析計(右)(京都大学・桐生水文試験地)
この二つの分析計を利用して、CO2吸収速度と蒸発・蒸散速度を計測する。

 またこの計測手法では、樹木の蒸散速度と雨水の蒸発速度も測ることが可能です。樹木も生きており光合成・蒸散を行いますので、水を消費します。蒸発と蒸散は水資源の面ではマイナスに作用するため、水資源管理の上で重要な情報となります。
 森林は成長と枯死を繰り返す動的な存在であり、その間に水循環が変化する可能性もあります。また、極端な少雨は樹木にとってストレスとなり、逆に大きな雨では根こそぎ斜面が崩壊することもあるなど、森林の働きにも限界が存在することにも注意が必要です。将来の気候変動下における森林の水循環を予測するためには、現在までの気候変動の中で、水循環にどのような変化が起きているのかを知る必要があります。現在私たちは、数十年継続して続けられている観測のデータを利用して、森林や気候の変化が水循環に及ぼす影響を調べています。
 そのため、こうして見てきた森林の様々な働きとその将来予測は、短期間の野外観測で明らかになるものではありません。森林も気候も変わっていく中で森を巡る水にどのような変化が起きるのか、注意深く観測を続けています。

総合解析部門 鶴田 健二