センターニュースびわ湖みらい第35号
滋賀からつくるCO2ネットゼロ社会
1 滋賀におけるCO2ネットゼロ社会とは
「滋賀県CO2ネットゼロ社会づくり推進計画」 では、2050年CO2ネットゼロ社会の姿として、「単に温室効果ガスを削減するだけでなく、快適なライフスタイルの実現、新たな産業の創出、雇用の増加、安全安心な農産物の流通、資金の地域内循環、滋賀の未来を支える人材の誕生、災害に強いくらしの実現など、様々な形で地域課題の解決や地域の活性化が実現する姿を目指す」としています。
このように、CO2の大幅な削減は、それ単独の問題ではありません。医療・福祉や地場産業の育成、あるいは子育てなど、社会を構成するさまざまな要素と不可分のものとしてとらえ、地域社会の今後のあり方そのものを包括的に議論する必要があります。そのうえで、地域が直面している課題の解決につながる削減対策を見出すことが重要です。
図1 滋賀県における2050年のCO₂排出量
2 滋賀ではどうやってCO2を減らすのか
当センターでは、2050年の滋賀県を対象に、人口減少や少子高齢化の中で、地域経済の活力を維持しつつ、CO2排出実質ゼロを達成するために、県としてどの分野に、どれだけの対策を講じる必要があるか、定量的に推計し、「ネットゼロシナリオ」としてまとめました。地域における暮らし方や働き方、産業の構造といった多様な側面の緻密な想定と、数理モデルを用いた、定量的な社会描写を特徴としています。
シナリオでは、2050年滋賀県のCO2排出量が、エネルギー効率の高い機器や再生可能エネルギーの大幅な導入、CO2排出がゼロの電力の購入などにより家庭・業務部門はゼロに、県合計は2013年比96%減少します (図1)。そして、森林の適切な利用・管理による吸収量を見込むことで、CO2排出量の実質ゼロが可能であることを明らかにしました。シナリオに取り入れた分野別の主な削減対策を表1に示します。
表1 分野別の主なCO₂削減対策
項目 | 2050年の状況 |
家庭・業務 | 高効率機器の導入。住宅や建築物の高断熱化。エネルギー需要の38%(業務は20%)を再生可能エネルギーの自家消費・自家発電で賄う。バイオマスストーブと太陽熱温水器を除きすべて電力を使用。 |
産業 | 高効率機器の導入。化石燃料の使用を運用改善と電化により28%まで削減。エネルギー需要の13%を再生可能エネルギーの自家発電で賄う。 |
交通 | EVが自動車の中心となり、重量車には一部天然ガスや水素を使用。石油の使用をゼロに。 |
再生可能エネルギー | 太陽光・熱が中心で、一部風力やバイオマスも導入。県全体のエネルギー需要の17%を再生可能エネルギーで賄う。 |
電力 | 購入電力はすべて再生可能エネルギーなどで発電するCO2排出がゼロの電力。 |
森林 | 年間50万tCO2を吸収。 |
3 2050年の滋賀はどのような姿になるのか
シナリオには、表1に示すような削減対策のほかに、将来の日常生活そのものに関することも多く含まれています。たとえば、家庭での家事や育児の分担時間、余暇の過ごし方、買い物の種類や場所、仕事の種類、通勤の場所、近所の人たちとの関わり方といったさまざまな物事が変わることを想定しています。
以下では、「ネットゼロシナリオ」の実現が、日々の生活や地域の経済にもたらしうる変化をいくつかご紹介します。
(1)高齢者や女性の社会参画が増える
多くの高齢者が現役時代に培った知識や経験を活かして、働き、社会参画が増える 。また、家庭では男性の育児や家事の分担が進み、女性の社会参画が増えることで、ともに就業率が増加しています(図2)。
図2 就業率の変化
(2)地域とのつながりが増える
シナリオでは、近所づきあいの活発化や家族団らんの生活(クールシェアなど)を取り戻すなどライフスタイルの変化によって、家庭におけるエネルギー消費を3%削減することを目指しています。ライフスタイルの変化によってエネルギー消費を減らすということは、1日の生活時間の中で仕事以外の時間について、「個人でいる時間」を減らし、「家族での時間」「家族以外との時間」にシフトすることを意味します。それによって、家族団らんや近所づきあいの活発化、ボランティア参加などコミュニティの再形成によって生み出される、家族や地域の人とつながる時間が15%増加します(図3)。
図3 家庭生活からみた「一緒にいる時間」の変化
(3)安全安心 な農林水産物の地産地消が増える
安全安心 な農産物や食の安全意識の高まりなどによる地産地消の拡大、ライフスタイルの改善としての家庭料理の見直し、休耕田の有効活用などによって、暮らしの中で県内の農林水産物の生産・消費が大幅に増加することで、農林水産部門の最終需要のうち県内での自給分と、その他の県内需要から誘発される農林水産部門の生産分が増加します(図4)。
図4 農林水産物の地産地消の拡大
(4)県内で働く場が増える
革新的な新事業や地場産業で働く場が増え、また職住近接の働き方の定着、県内の高齢者や女性の社会参画が進むことによって、県内就業率が増加し、県内に住みながら、県内で働く人が約10%増加します。それによって、生産年齢人口は減少しますが、地域の経済的な活力は維持できています。
(5)地域内の資金循環が活発になる
少子高齢化が進み、人口は約1割減少するが、滋賀の経済は2010年比26%成長(GRP年率0.6%成長)します。特に、県外に移・輸出する額は、一般機械、輸送機械、電子機械、精密機械、対個人サービスを中心に将来にも順調に伸び、年率で0.8%増加します。そして、地域の中小企業や地場産業等がそれぞれ強みを生かし、相互に連携しながら、新事業・新分野に進出するなどすることで、県内で生産・消費する生産物が増え、県内自給額が10%増加(図5)し、地域内での資金循環が活発化します。
図5 地域経済の活性化
なお、県際収支を分析すると、民間での消費や投資について、2010年には県外への流出傾向にあったものが県内への流入傾向に転換。エネルギー購入代金の県外流出は約2割減少(3,283億円→2,632億円)となり、ネットゼロと経済の活性化は両立可能であることを示唆しました。
以上のように、シナリオ内での県民の日常生活や産業の姿は、県内での経済循環の強化と、様々な活動が地域の住民によって自立的に成立するものとして描かれています。
今後、国と地方の協働・共創によるネットゼロ社会の実現に向けた取組の検討が一層加速していくことが予想されます。 望ましい地域社会のあり方(姿)を議論したうえで、地域課題の解決にもつながる削減対策を見出す当センターのシナリオが、2050年滋賀CO₂ネットゼロ社会づくりの参考になれれば幸いです。
4 今後の研究の展開
ネットゼロ社会への転換も結局は県民一人一人の行動が原動力であることから、将来社会の姿に関する熟議を通じて、ボトムアップでの県民の力を政策に活かす「県民参加の場面」を増やすことが社会転換をスムーズに進める手段と言えます。
その際には、ネットゼロという遠い将来かつ大きな目標に対し、県民が地域でできる生活者目線の取組とそれによってもたらされる「便益」の可視化が重要であると考えています。それらの手法について、引き続き研究していきます。
総合解析部門 金 再奎