センターニュースびわ湖みらい第33号

研究最前線

緊急事故対応のための基盤構築~水質に係る緊急事故発生時における機器分析・急性毒性試験の検討~

1 はじめに

 現代の社会においては、私たちの生活を豊かにするために、産業活動や日常生活の中で多種多様な化学物質が利用されています。これらの化学物質が、事業所などからバルブの閉め忘れなどの人為的ミスや洪水など自然災害による緊急事故によって環境中に大量に流出した場合、自然環境に影響を与えるのはもちろんのこと、水道の取水制限など社会生活にも大きな影響を与えます。そのため、行政機関では、事故原因の究明や流出した化学物質の影響把握に役立つ速やかな調査を行うことが求められています。
 これまで当センターでは、化学物質の影響把握のため、ガスクロマトグラフ質量分析計(GC/MS)や液体クロマトグラフ質量分析計(LC/MS)(写真1)といった機器を用いた化学物質の分析や、ゼブラフィッシュ(写真2)を用いた生物応答を利用した排水管理手法である「WET試験」(Whole Effluent Toxicity;全排水毒性)の検討を行ってきました(検討の詳細はセンターの研究報告書をご覧ください)。今回は、化学物質の流出など緊急事故時の調査手法である2つの方法、LC/MSによる分析とゼブラフィッシュによる急性毒性試験に関する技術の検討を行った結果について簡単に紹介します。

写真1 液体クロマトグラフ質量分析計(LC/MS)

 

2 LC/MSデータベースライブラリの作成

 LC/MSは、数ある化学分析機器の中でも測定できる化学物質が比較的多く、また水試料を測定することを得意としています。
 流出事故の際、水試料にどのような物質がどの程度含まれているのかを調べるためには、候補となる物質を測定するための測定条件や、定量するための検量線などの情報が必要となります。本研究では、様々な化学物質について、定量測定に必要な情報を集めたものをデータベースライブラリ(ライブラリ)と呼び、流出事故時の原因究明等における手段の一つとして、その作成に取り組みました。
 今回の検討対象とする物質の選定には、事業所などからの化学物質の流出事故を想定し、PRTR制度(化学物質排出移動量届出制度)に基づく化学物質の移動・排出量のデータを使いました。このデータから、滋賀県内または全国的に移動・排出量の報告実績があり、かつLC/MSで測定可能な27物質を選び出しました。
 採取した試料には微粒子などの不純物が含まれていることが多く、LC/MSでそのまま測定することはできないため、前処理が必要です。そこで、迅速な分析を行うために、最も簡便な試料前処理方法であるフィルターろ過の操作のみで検討を行いました。さらに、緊急時には分析に使用できる試料が充分に確保できない可能性もあるため、できるだけ少ない量で分析を行う検討もしました。これらの検討から、フィルターへの吸着やフィルターからの溶出などにより測定ができない物質の存在が確認され、測定可能であったのは選んだ27物質中19物質(洗剤の成分など)であることがわかりました。
 次に、どの程度の濃度まで測定するのかを検討しました。事故対応の後には、最終的に安全なレベルまで化学物質の濃度が下がったことを確認する必要があります。事故発生時によく見られる事象の一つである魚のへい死をもとに、魚が死んでしまう濃度レベル(魚類の急性毒性値)の100分の1の濃度を安全確認の目安としました。
 先ほどの19物質を性質によってLC/MS測定条件のグループ分けを行い、測定条件の検討をした結果、魚類の急性毒性値の100分の1の濃度まで測定できる19物質のライブラリを作成することができました。
 以上により、県内や全国で移動・排出量の多い27物質のうち19物質について、フィルターろ過による前処理方法により、安全確認の目安とした濃度まで短時間で分析できるようになり、緊急時に速やかな分析によるデータ提供が可能となりました。

写真2 ゼブラフィッシュ(上:メス、下:オス)

 

3 ゼブラフィッシュによる急性毒性試験の検討

 化学物質の流出事故時において、機器分析の結果だけで、水中の生物への影響を把握することは難しいと考えています。
 そこで当センターでは、流出事故の際に「急性毒性試験」により、事故時の生物への影響を把握するための研究を行ってきました。
 試験を行う生物は魚類、中でも観賞魚としてよく飼われていて、飼育や繁殖が容易なゼブラフィッシュが適すると考えられます。ただしゼブラフィッシュはふ化から成魚になるまでの3か月程度の間は、成長とともに体の大きさがどんどん変わっていきます。そこで、ゼブラフィッシュは大きさ(成長度)が異なると急性毒性試験の結果が異なるのかどうか、確認試験を行い(写真3:試験の様子)、結果を比較しました。
 試験の物質には、繊維製品やプラスチック製品など日用品に広く使われている「リン酸エステル系難燃剤」の一種で、生物の神経に悪影響を及ぼす疑いがあると言われている「リン酸トリス(2-ブトキシエチル)」を選定しました。
 試験は様々な濃度でこの物質を溶かした水を準備し、それらの水の中に大きさ(成長度)の異なるゼブラフィッシュを入れて行いました。その結果、ゼブラフィッシュがへい死する濃度は、大きさには関係なくほぼ同じであることが分かりました。
 今回行った検討により、リン酸エステル系難燃剤がゼブラフィッシュに与える影響は、その大きさ(成長度)にはほぼ関係しないため、流出事故時等の緊急時に、試験で用いるゼブラフィッシュの大きさ(成長度)をそろえることができなくても試験が可能であることが分かりました。こうした特徴が他の物質でも同様であるのかなど、実際に流出事故の際に活用できるまでには、調査すべきことがたくさん残っていると考えています。

写真3 ゼブラフィッシュを用いた急性毒性試験の様子

4 第六期中期計画(2020~2022)の展開

 第六期中期計画では、これまでの成果を踏まえて、さらに緊急時における化学物質調査手法の検討に取り組んでいます。
 機器分析では、LC/MSのライブラリを充実させるために、前期の19物質からさらに測定物質を追加し、測定条件を検討し順次登録しています。また、化学物質はその性質によって適した測定法(分析機器)が異なるため、LC/MSに加えてGC/MSも用いることで、測定できる化学物質の幅を広げた検討に取り組み、緊急時の対応の強化に努めています。
 また、魚類を用いた急性毒性試験では、今後他の化学物質や他の種類の魚でも調査を行うことで、流出事故時における活用の可能性に関する情報を集めています。
 機器分析と急性毒性試験は、ともに国立環境研究所・地方環境研究所との共同研究に参画し検討を進めています。国の最新の知見を得て情報収集に努め、他の自治体と連携して研究を進めていくことで、緊急時においてさらに幅広く対応できる体制を目指しています。
 これらの研究を続けていくことで、今後も安全・安心な生活環境の維持に貢献していきたいと考えています。

 

環境監視部門 化学環境係
       生物圏係