センターニュースびわ湖みらい第32号

研究最前線

琵琶湖北湖深水層底層の状況についてー琵琶湖の貧酸素状態の推移ー

1 状況の把握に向けて

 琵琶湖の北湖では、例年春季から初冬にかけて、湖面が温められ、水温の急勾配(水温躍層(やくそう))が生じることで、その層を挟んだ上層-下層の混合は起こりにくくなります。底層の溶存酸素濃度(以下、「DO」と言う。)は、水温躍層が形成される期間は躍層より下の深水層への酸素供給がなくなることに加え、湖底での有機物等の分解によって酸素が消費されていくため、徐々に減少していきます。気温が低い季節になっていくと、湖面が冷やされ、水温躍層が弱まり沈降していき、最終的には表層から底層まで循環(全層循環)し、底層DOは表層と同程度の値まで上昇します。
 水深90m水域では、これまでにも、底層DOが貧酸素状態の目安である2 mg/Lを下回ることが観測されています。酸素がなくなると、底層を利用する水生生物の生息に関する懸念や湖底から窒素・りん等が溶出される懸念などがあり、水質の悪化や生態系に影響が及ぶことが心配されます。さらに、平成30年度、令和元年度には、冬季にその水域で全層循環が起きず、底層DOが例年のような値まで回復せず、北湖深水層底層をとりまく状況を把握することは重要度が増してきました。
 ここでは、センターが行っている調査とそこからわかることについて紹介します。

 

2 北湖深水層底層DO調査の結果と評価~平成30年度と令和元年度で起きたこと~

 センターでは、水深別水質調査を複数の地点で実施し、その調査項目の一つとして底層(湖底直上1m)DOを測定しています。また、水深90m水域における底層DOの変動を注視するため、水深別水質調査に加え、北湖深水層底層DO調査を実施しています。地点は図1の水深90mの7地点(紫ライン内)で、底層DOが最も低くなる秋から頻度を増やしています。
 平成30年度は、水深90m地点の底層DOは2mg/Lを下回ることなく推移しました。冬季において、上層の水と徐々に混合し、値が短期間で大きく変動したものの、表層から底層まで水温・DOが一様にはならない現象を観測しました。(全層循環がこの水域に達しなかったことを初めて確認)
 令和元年度4月当初は7地点間におけるDO値の差が大きく見られましたが、5月中旬では7地点とも例年より1~2mg/L低い7 mg/L程度に落ち着きました。これは、強風により深水層が混合され、底層に偏在していた水温・DOの低い水塊が均一化されたためと考えられます。その後は、底層をかき混ぜるような強い風が吹くこともなく底層DOは徐々に減少し、8月下旬には2 mg/Lを下回りました。貧酸素状態が継続しその水塊の拡がりが懸念されたため、水深80m地点を追加した計11地点(図1の青ライン内)で状況の把握に努めました。その結果、貧酸素水塊は水深80mの水域全体に広がっていないものの、値が低い地点では2~3 mg/Lを観測しました。また、冬季には前年度と同様の現象が観測され、2年連続全層循環しないまま春を迎えました。

水深90mおよび水深80m調査地点の位置

図1 水深90mおよび水深80m調査地点の位置


 令和元年度は、水深90m地点で底層DOが2 mg/Lを下回った期間が、10月中旬の一時回復期間を除き、過去最長の約半年間に達しました。今津沖中央(図1のC地点)におけるDOの年度最低値は、過去からの推移(図2)を見ると、1.4 mg/Lとこれまでに観測した低い年の値と同程度であったことがわかります。また、底層DO低下に伴い底泥からの溶出による窒素・りん濃度の上昇が懸念されましたが、水深別水質調査結果では、底層の全窒素は過年度最低値付近、全りんは過年度平均値付近を推移していました。注目すべきは、水深60mのDO最低値です。令和元年度は4.0 mg/Lと過去最低値を下回りました。これは秋冬の強風による深水層の混合で、底層DOが回復した分、その上の層では減少したことを示唆しています。

今津沖中央DOの年度最低値の推移

図2 今津沖中央DOの年度最低値の推移


 以上のことから、底層の水質だけを見るのではなく深水層全体を把握していくことが、より適切な評価につながると考えています。

3 水中ロボットを用いた調査 ~貧酸素にさらされる深湖底の生物たち~

 北湖の深湖底には、イサザ、ウツセミカジカ、二ゴロブナ、ホンモロコ、アナンデールヨコエビ、ビワオオウズムシ、スジエビ等、琵琶湖の固有種や生態的に固有な特徴を有する生物が生息しています。有策型水中ロボット(写真1)を用いると、これらの生物を観察することができるため、平成24年から1~2か月に1回の頻度で定期モニタリングをしています。
 近年、水深90m水域の中心部付近が貧酸素状態になると、イサザやアナンデールヨコエビ等の死亡個体が見られることがあります(写真2)。今のところ、DOの回復とともに、周囲から生物が戻ってくることから、貧酸素が直接的な原因となる個体群密度の減少はみられませんが、近い将来、貧酸素の範囲が広がることや、貧酸素の期間が長期化することで、深湖底でしか生きられない生物たちの生息域が失われ、最悪の場合、絶滅も危惧されます。注意深いモニタリングが求められています。

有策型水中ロボット(ROV)

写真1 有策型水中ロボット(ROV)

貧酸素で死亡したイサザ(黄緑矢印)とアナンデールヨコエビ(青矢印)

写真2 貧酸素で死亡したイサザ(黄緑矢印)とアナンデールヨコエビ(青矢印),

2点の赤いレーザーポインタの間隔は9 cm(琵琶湖北湖 水深90m 令和元年10月10日 石川可奈子撮影)

4 今後の展望

 琵琶湖北湖の一部水域で全層循環しなかったという初めての事象が、それも2年連続で起こり、今後同様に循環しない年が現れる可能性があります。全層循環しなかった場合、その後のDOや生物の生息域がどのように変動していくかが深水層底層の状況を評価する上で非常に重要です。センターでは、引き続き調査に注力していきます。

 

総合解析部門 石川 可奈子
環境監視部門 山田 健太