琵琶湖生物多様性画像データベース

●びわ湖水系の固有種・亜種リスト●

びわ湖水系の固有種

 びわ湖水系の固有種は、現在66種 (亜種を含む) (西野, 2022; Sawada and Fuke, 2022, 2023; Sawada et al., 2024) がリストアップされています (コラム「びわ湖水系のカワニナ類の分類見直しについて」参照)。このうち35%が1990年以降に新種記載されました。さらに、現時点でびわ湖以外からの記録がない種が80種余り知られています。その中には、リュウコツカラクサコケムシ(Hirose and Mawatari, 2011)のように固有種の可能性が高いが、他の地域での調査例が少ないため、現時点では固有種かどうか判断できない種や、単に他の地域で見つかっていないだけと考えられる種などが含まれています。また近年、DNA解析による分子遺伝学的研究が進むにつれ、びわ湖以外の水域とは遺伝的に異なった個体群がモノアラガイ(巻貝類)の仲間やシロタニガワカゲロウ、マルヒラタドロムシなどの水生昆虫類で報告されています (斎藤・平野, 2022; 金子・高村, 2022; 今藤, 2022)。そのため今後研究が進めば、固有種の総数がさらに増加するのは間違いありません。
 びわ湖水系の固有種の特徴は、他の古代湖であるロシアのバイカル湖やアフリカの大地溝帯に位置するタンガニィカ湖に比べて分化の程度が低く (=形態的な違いが小さく)、固有種の約7割が貝類と魚類で占められることです。固有の科はなく、固有属は貝類のナガタニシ属(Heterogen)とオグラヌマガイ属 (Oguranodonta) だけと考えられてきました (いずれも1属1種)。しかし近年DNA解析が進み、日本に広く分布するオオタニシ Cipangopaludina japonica はナガタニシと同属(=Heterogen japonica に学名変更)に位置付けられ、ナガタニシ属は固有属ではなくなりました (斎藤・平野, 2022)。同じくDNA解析結果から、オグラヌマガイ O. ogurae はヌマガイ Sinanodonta 属の1種 (=S. tumens に学名変更) とされ (近藤・平野, 2022)、びわ湖の固有属はなくなりました。
 びわ湖に生息する分類群の中で最も種数が多いのは水生昆虫類ですが、固有種はビワコシロカゲロウ (Ephoron limnobium)、ビワコエグリトビケラ (Apatania biwaensis) の2種だけです。全固有種の85%は魚類(17種)と底生動物(39種)で占められ、その半数は固有貝類(30種)です (西野, 2022; Sawada and Fuke, 2022, 2023; Sawada et al., 2024)。固有種の数からみれば、びわ湖はまさに「貝の湖」といえます。
 ところで固有種の起源には2とおりあると考えられています。ひとつは過去に広分布していた種が他の地域では絶滅し、びわ湖でのみ生き残ったケース (古期固有、遺存固有)、もう一つはごく最近(といっても現在のびわ湖が形成された数十万年前以降)びわ湖内で進化したケース(初期固有)です。古期固有の例として、古琵琶湖層群の上野層(=大山田湖、約400万年前)から化石が出土しているビワコオオナマズ Silurus biwaensis や、古琵琶湖層群の堅田層 (=堅田湖) だけでなく九州からも化石が出土しているイケチョウガイ Sinohyriopsis schlegelii があげられます。ただ、DNA解析から、ビワコオオナマズは約1300万年前に中国のオオナマズの仲間から、イケチョウガイは約910万年前に中国のヒレイケチョウガイからと、古琵琶湖が形成されるよりはるか以前にそれぞれ分岐したことが報告されています (前畑・田畑, 2020; 近藤・佐野, 2022)。他方、初期固有の例として、古代湖では種群 (species flock)1) の存在が知られています。東アフリカのタンガニィカ湖では200種以上の固有シクリッド科魚類が、ロシアのバイカル湖では約300種もいる固有ヨコエビ類が種群とされています。
 びわ湖の固有種の中で種群とみなせるのは、19種もの固有種からなる巻貝類のカワニナ Semisulcospira 属 ( (旧) ビワコカワニナ Biwamelania 亜属) だけでした (コラム「びわ湖水系のカワニナ類の分類見直しについて」参照)。湖内での (旧) ビワコカワニナ亜属各種の分布をみると、1. 岩石、礫質の湖底(竹生島、多景島、沖白石、沖の島を含む)に生息する種、2. 泥質、砂質の湖底に生息する種、および 3. 底質を問わず沿岸部に広分布する種がいて、全体として多様な底質の湖底に生息しています。興味深いことに、ヤマトカワニナグループ、ナカセコカワニナグループともにそれぞれ上記の分布パターン1,2,3の種が含まれており、2グループがそれぞれ独自に湖内で進化したと考えられています。現生のカワニナ類のうち、古びわ湖層群(堅田層)から化石として出土するのは、沿岸部に広く分布する (旧) ハベカワニナ(本種はSawada and Fuke, 2022によりイボカワニナ S. decipiens に和名・学名変更)のみです。また (旧) ビワコカワニナ亜属の種間では、染色体に著しい変異がみられることが知られています。

1) 同じ地域にすむ単系統の近縁な固有種の総称。共通の祖先種をもつこと(=単系統)と、同じ湖で共存すること、および地理的に近い地域の近縁種数に比して種数が非常に多いことが特徴。湖内で爆発的に進化したと考えられています。
※ ただその後、固有カワニナ類は祖先種も分岐年代も異なる2系統からなることがわかったため、種群とはみなせなくなり、しいていうならば2つの種群からなると考えられます。

参考文献

  1. Ichise, S., Y. Sakamaki and S. D. Shimano(2021)Neotypification of Difflugia biwae Kawamura, 1918 (Amoebozoa: Arcellinida: Tubulinea) from the Lake Biwa, Japan. Species Diversity, 26: 1-16.
  2. 金子裕明・高村岳樹(2022)琵琶湖産シロタニガワカゲロウの生い立ち.pp. 211-223. In: 西野麻知子(編)「琵琶湖の生物はいつ、どこからきたのか?」. サンライズ出版.
  3. Kawase, S. and K. Hosoya (2010) Biwia yodoensis, a new species from the Lake Biwa/Yodo River Basin, Japan (Teleosteri: Cyprinidae). Ichtyol. Explor. Freshwat. 21: 1-7.
  4. 今藤夏子(2022)琵琶湖における広域分布種マルヒラタドロムシの遺伝的分化. pp. 224-233. In: 西野麻知子(編)「琵琶湖の生物はいつ、どこからきたのか?」. サンライズ出版.
  5. 近藤高貴・佐野勲(2022)琵琶湖産イシガイ類の由来. pp. 114-123. In: 西野麻知子(編)「琵琶湖の生物はいつ、どこからきたのか?」. サンライズ出版.
  6. 齋藤匠・平野尚浩(2022)琵琶湖産巻貝類の多様性と起源. pp. 100-113. In: 西野麻知子(編)「琵琶湖の生物はいつ、どこからきたのか?」. サンライズ出版.
  7. Sawada, N. and Y. Fuke (2022) Systematic revision of the Japanese freshwater snail Semisulcospira decipiens (Mollusca: Semisulcospiridae): implications for diversification in the ancient Lake Biwa. Invert. System., 36: 1139–1177.  https://doi.org/10.1071/IS22042
  8. Sawada, N. and Y. Fuke (2023) Diversification in ancient Lake Biwa: integrative taxonomy reveals overlooked species diversity of the Japanese freshwater snail genus Semisulcospira (Mollusca: Semisulcospiridae). Contrib. Zool., 92: 1–37.
  9. Sawada, N., Y. Fuke, O. Miura, H. Toyohara and T. Nakano (2024) Redescription of Semisulcospira reticulata (Mollusca, Semisulcospiridae) with description of a new species. Evolutionary Systematics, 8: 127-144.
  10. 西野麻知子(2022)琵琶湖の生物多様性の由来と環境変動. pp. 26-40. In: 西野麻知子(編)「琵琶湖の生物はいつ、どこからきたのか?」. サンライズ出版.
  11. 広瀬雅人(2022)コケムシ類からみた琵琶湖の生物地理. pp. 274-283. In: 西野麻知子(編)「琵琶湖の生物はいつ、どこからきたのか?」. サンライズ出版.
  12. 前畑政善・田畑諒一(2020)ナマズの世界へようこそーマナマズ・イワトコ・タニガワー. サンライズ出版.
  13. 三浦収(2022)琵琶湖に生息するカワニナ類の進化.pp. 86-96. In: 西野麻知子(編)「琵琶湖の生物はいつ、どこからきたのか?」. サンライズ出版.

*執筆 西野麻知子
更新 2024年10月

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