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琵琶湖のヒル類

 琵琶湖のヒル類相研究は、1917年の丘浅次郎博士の報告が端緒となっているが(Oka, 1917a, b)、その後まとまった研究はなされていない。琵琶湖のヒル類が扱われた1917年以降に出版された資料としては、西野(1993)、そして、Nesemann(1995)をあげることが出来よう.Itoh(2012)はOka(1917a, b)以降の研究を総括した短い総説をまとめている。その後、Nakano(2020)が近年の系統分類学的研究の進展を反映させて、琵琶湖におけるヒル類相の情報を更新し、琵琶湖には14種のヒル類が生息していることとした。ただし、標本に基づいた詳細な検討は十分に行われておらず、琵琶湖のヒル類相を正確に把握するために、ヒル類を対象とした包括的な動物相調査、系統分類学的研究が行われる必要がある。
 Nakano(2020)が整理した14種の内訳は、以下の通りとなり、吻を有するヒラタビル科(Glossiphoniidae)が8種、口腔に顎を有するチスイビル科(Hirudinidae)が3種、捕食性のイシビル科(Erpobdellidae)が1種、そして同じく捕食性で咽頭隆起先端部に牙を有するナガレビル科(Salifidae)が2種である。14種のうち、ほぼ全てが琵琶湖以外でも見られる淡水棲種で、日本列島に広く分布している。
 まだ調査が十分とは言えない琵琶湖のヒル類相であるが、特に注目すべきは、イカリビル(Ancyrobdella biwae)の存在である(Oka, 1917a, b)。イカリビルは琵琶湖の水深80 mから採集された標本に基づいて記載されたヒラタビル科に属する種であるが、本種に関する公表された情報はOka(1917a, b)以降なく、ヒル類で唯一琵琶湖固有種でありながら分類学的にもそして生態的にも謎に包まれた存在である。Oka(1917a, b)には、本種の消化管からは珪藻の破片や植物質のみが得られたとの記述があるが、Itoh(2012)はそのことに疑問を投げかけ、イカリビルは他のヒラタビル科ヒル類と同様、吸体液性、あるいは吸血性ではないかと推測している。また、本種の吻の先端には鉤状構造が認められるということで、新規標本に基づいた本種の進化史解明が望まれる。
 他に認識されているヒル類は沿岸部を中心とした水深が浅めの環境においてよく見られる。ナガレビル科のタコウビル(Barbronia weberi)は移入種として、世界各地から報告されており、琵琶湖においても少なくとも1992年の段階でその生息が認められる(西野, 1992)。本種は現在琵琶湖の沿岸域で優占的にみられる種であるが、1897年に収集された標本には含まれていなかった(Nakano, 2020)。ただし、琵琶湖更には本邦に産するタコウビルが真に移入種であるかの検討はなされておらず、その起源解明は今後の課題である。

参考文献

  1. Ito T. Leeches of Lake Biwa (2012) In: H. Kawanabe et al. eds. Lake Biwa: Interactions between Nature and People. 139–140. Springer Netherlands, Dordrecht.
  2. Oka A. (1917a) Ancyrobdella biwae n. g. n. sp., ein merkwürdiger Rüsselegel aus Biwa=See. Annotationes Zoologicae Japonenses 9: 185–193.
  3. Oka A. (1917b) Zoological results of a tour in the Far East. Hirudinea. Memoirs of the Asiatic Society of Bengal 6: 157–176.
  4. Nakano T. (2020) Leeches of Lake Biwa. In: H. Kawanabe et al. eds. Lake Biwa: Interactions between Nature and People, Second Edition. 143–147. Springer, Cham.
  5. 西野麻知子(編)(1993) 琵琶湖の底生生物—水辺の生きものたち—III. カイメン動物,扁形動物,触手動物,環形動物,甲殻類編. 滋賀県琵琶湖研究所, 大津.
  6. Nesemann H. (1995) On the morphology and taxonomy of the Asian leeches (Hirudinea: Erpobdellidae, Salifidae). Acta Zoologica Academiae Scientiarum Hungaricae 41: 165–182.

*執筆 中野隆文

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