センターニュースびわ湖みらい第34号

研究最前線

MLGsってなに?どう使うの?

1 はじめに

 マザーレイクゴールズ(MLGs)」は、2030年に向けた琵琶湖や環境、私たちの暮らしの目指すべき方向性や具体的な目標を描いたもので、「琵琶湖版SDGs」とも呼ばれています。1970年代に広がった「石けん運動」や2000年に策定された「マザーレイク21計画」などで大事にされた、県民・市民による「自治」と「連携」の精神を引き継ぎつつ、近年顕在化してきた新たな課題への対応も踏まえて、多くの人たちの参画のもと作り上げてきました。
 キーコンセプトは「変えよう、あなたと私から」。「地球を、琵琶湖を変えよう」と構えると自分には何もできない気がしますが、自分の身の回りからできることをする、例えば道ばたのゴミを拾ったり、環境に配慮した農作物を買ったりといったことは、今日すぐにでもできます。小さな取り組みが集まれば、いずれ琵琶湖も地球も変わっていく、そんな思いでコンセプトと13のゴールを設定しました(図1)。
 本稿では、このMLGsの策定過程や今後目指していくこと、活用方法などについて、SDGsとの比較も交えつつ、当初からMLGsの策定に関わってきた筆者の視点でまとめていきたいと思います。

図1 MLGsアイコンと13のゴール

 

2 どうやって作ったの?

 2011年に策定された「マザーレイク21計画(第2期)」では、マザーレイクフォーラム運営委員会の主催により、毎年夏に琵琶湖に関わる多様な人たちが集まって話し合う「びわコミ会議」を開催してきました。琵琶湖の現状を様々な指標で把握、共有するとともに、テーマに分かれて課題や活動について話し合います。会議の最後には全員が「コミットメント(約束)」を掲げることになっており(図2)、テーマ別に話し合った結果と合わせて、琵琶湖のために自分たちができること=「びわ湖との約束」を毎年バージョンアップしてきました。これをベースに、SNSなどでより多くの人たちから約束を集めるキャンペーンを行い、さらに何度もワークショップや話し合いを重ねることでできあがったのがMLGsです。つまり、琵琶湖に関わる、琵琶湖を愛する人たちが、琵琶湖と暮らしの今と未来を見据え、ボトムアップで作り上げたものだと言えます。国連が国際社会共通の目標として掲げたSDGsとは、作り上げた過程が大きく異なるのです。

図2 コミットメントを掲げる参加者(第6回びわコミ会議)

 

3 何を目指しているの?

 MLGsで目指しているのは、「自然と社会の健全な循環」です。琵琶湖の水は、そこに棲む生きものや、流入する川、水源の森はもちろんのこと、私たちの暮らしや産業のあり方とも密接に関連しています。しばしば琵琶湖が「私たちの生活を映す鏡」と言われる所以です。流域の外からたくさんの物が入ってくると、それはいずれ琵琶湖への負荷となりますが、地域の中で生まれた物をできるだけ利用すれば、負荷は最小限に抑えられ、自然の恵みと社会、経済が地域の中で循環するようになります。MLGsの13のゴールも、バラバラに存在しているのではなく、その裏にあるゴール間のつながりを理解し、活用していくことこそが求められます。その理念は、経済・社会・環境の相互連関を強く意識するSDGsと通ずるところが大いにあります。
 一方で、そのような循環を意識して日々の生活をするのは容易ではありませんし、また人により知識や経験、意識は様々です。皆が皆「琵琶湖のために」と言って同じ方向を向くというのも、不自然で現実的ではありません。清掃活動をする人も、カヌーを楽しむ人も、鮒寿司を愛する人も、水防団として水害に備える人も、それぞれの思いにもとづいて活動をしつつ、ときに対話や情報共有をして活動の幅を広げていく、そんな方法で目指す姿に近づけないか。一つ一つの活動を草木に例えれば、周辺の草木や天候、動物や土壌に影響を受け、また影響を与えながらも、それぞれの形で成長して広がり、全体として森を形成していく。いわば「活動の生態系」を琵琶湖の周りに築いていけないかと考えています。その中でMLGsは、太陽のように、普段からそんなに意識はされないけれど大きく目指していく方向にあるもの、という存在になれたらよいと思います。

図3 MLGsで活動の生態系を育むイメージ

4 どうやって使うの?

 「SDGsを自分ごとに」とよく言われますが、SDGsは世界規模の目標なので、日本で、とりわけ自分の地域での行動を考える時、随分遠いことのように感じられることもあります。MLGsは琵琶湖の課題や将来の姿にもとづいて作り上げたものなので、SDGsをより自分ごととして捉えられるよう、SDGsと地域・現場の取組との間におく目標であるとも言えます。
 SDGsの特徴の一つは「バックキャスティング」です。達成しなければならない目標があり、その目標から逆算して必要となる行動を検討します。貧困の解消や安全な水の供給などは待ったなしの世界的課題であり、その解決を目指すことは異論のないところでしょう。一方で琵琶湖については、誰もが同意できる目標が実はあまりありません。「水をきれいにしたい」と考える人もいれば、「水はきれいすぎると生きものが棲みづらくなる」と言う人もいます。気候変動による水害の増加を考慮して河川整備を進めれば、動植物にも影響が出てきます。また、それぞれの活動は、必ずしも琵琶湖のためにやっているものだけでなく、単に楽しいからやっている、文化だから継承している、といったこともあるでしょう。目標から逆算すると、行動は目標のための手段となってしまいます。琵琶湖は、バックキャスティングがなじみにくい場所なのです。
 では、MLGsはどうやって使えばいいのか?それはまさに、これから皆さんと試行錯誤していきたいと考えているのですが、私は「対話のツール」として使っていくのがよいと思っています。MLGsを作る過程では、前述のように何度もワークショップをしたのですが、素案(ゴール数が10で内容も現在と異なったもの)を元にゴール間のつながりを考えたところ、個々人の認識の違いやトレードオフ、その中でも共通する思いなどが浮き彫りになりました(図4)。このような対話を積み重ねることで、「活動の生態系」が少しずつ形成されていくのではないでしょうか。
 MLGsは「琵琶湖と暮らしがこうなったらいいな」をカテゴライズした、それだけと言えばそれだけのもの。だから、誰かが誰かを縛るためのゴールではなく、これからの琵琶湖を一緒に考えるためのツールにしていきたいと思います。

 

図4 ワークショップで可視化したゴール(素案)間のつながり

 

総合解析部門 佐藤 祐一