淡探の冒険 -琵琶湖最深部の風景-

琵琶湖の中を自由に移動しながら、水質や生物などを調べてみたい。このことは琵琶湖だけでなく、世界中の湖や海において、多くの研究者が求めて止まなかったことです。特に、人間が潜って行けない深い水底の様子を知りたいと思っていました。というのは、私たちがまだ知らない新しい発見が、そこにはあるかもしれないからです。

しかし、このことは、なかなか容易なことではありませんでした。深い水底の調査には、高い圧力という壁と、電波が届かないという障害があります。ダイビングや、潜水艦、ROV(ケーブルつき遠隔操作ロボット)などによって、多くの研究者が水中の調査をしていますが、いずれにも大きな制約があり、魚のように自由に泳ぎまわるというわけにはいきません。

走行中の淡探 琵琶湖研究所は、東京大学生産技術研究所や国土交通省、三井造船などと協力して自律型潜水ロボット「淡探(たんたん)」を、2000年に建造しました。このロボットは、ケーブルがついていません。ですから、上下左右、前進後進といった具合に水中で自由自在に移動することができます。長さ200cm、重さ180kgの堂々とした体格は、横綱武蔵丸(身長192cm、体重230kg)と比べても遜色ありません。

水深150m、水圧15気圧まで耐えることができる耐圧アルミケースの中に、淡探の頭脳というべきコンピューターが入っていて、立体的な航行を指示します。湖上で伴走する支援船「はっけん号」との通信には、光や電波ではなく、水中でも遠くまで届いて多くの情報を送ることができる超音波を利用しています。水中顕微鏡やさまざまなセンサーを搭載していますので、琵琶湖の環境を徹底的に観察することができます。このような水中の環境監視を目的に作られたロボットとしては、世界で初めてのものです。

さて、2001年6月29日に淡探が撮影した琵琶湖最深部(104m)の映像をご紹介しましょう。真っ暗な湖底を、照明をつけながらデジタルビデオカメラを用いて撮影していますのであまりはっきりしませんが、ぼんやりと湖底が映っています。この調査期間中、湖底に魚らしい影はほとんどありませんでした。

淡探が撮った湖底 画面中の湖底面に粒々のように見えるのは、アナンデールヨコエビと呼ばれる動物です。これは、私たちが食べるエビとはちょっと違って、原始的なヨコエビ目の仲間で、琵琶湖だけに存在する固有種です。このヨコエビは、面白い性質をもっていて、昼間はこうして、湖底に這いつくばって生活をしていますが、夜になると活発になって水温躍層という温度が急に変わる層の下(水深15-20mくらい)まで上って来ます。淡探を使って夜の調査をした結果、どうもすべてのガンマルスが夜に上がって来るわけではなく、かなりの数が湖底にとどまることが確認されました。



なぜガンマルスが夜になると上って来るのかは、そして、上がるものと上がらないものとの違いは何か、など未だに謎ですが、問題は、このガンマルスの数が10年前と比較して非常に増えていることと、深い場所での魚などの大型動物の数に変化が生じている点です。私たちは、この事実を低酸素化に伴う湖底環境の悪化の兆しと考えています。今後、湖底付近の酸素濃度が減少すると、このような生態系の劣化スパイラル(どんどん悪い方向に進むこと)が進行することが懸念されます。今、琵琶湖の研究者たちが協力してこのような事態を回避するための研究を始めようとしています。

(琵琶湖研究所総括研究員 熊谷道夫)